高台の景色を生かしたピアノ教室のある家
「なーりちゃん!」
インターフォンで私たちの到着を知らせると、木目を
写したコンクリートの塀の上から、かわいい笑顔がひょっこり現れました。お子様の呼びかけから、芦田さんとご家族との親しさが伺えます。
今日は、竣工後1年半を経た「高台の景色を生かしたピアノ教室のある家」に伺いました。
防音性能のチェックを兼ねたご訪問。まずはピアノ室にて、ピアノの先生をなさっている住まい手Sさんの奥様に、その腕前を惜しみなくご披露いただき、音量測定を行いました。
心地よい緊張の漂うピアノ室に、その音色が優しく、ときに激しく響きわたります。音量の違いを確かめるために、芦田さんは、スマートフォンを手に、ピアノ室と玄関スペース、玄関の外を行ったり来たりしながら測定を進められます。
リビングに移動し、一息をつかれたところで、住まいづくりについてお話を伺いました。
まずは音楽の話になりました。
時間を作る、が生活のモチベーションに。
聞き手(以下、—)
ご苦労さまでした。本格的な演奏をこんなに間近で聴けてうれしいです。圧倒されました。
Sさんご夫妻の奥様(以下、妻)
ありがとうございます。
—
演奏されてたのは、ドビュッシーですよね、確か、ピアノ組曲の中の…。
妻
はは、よくご存知ですね(笑)。「雪は踊っている」です。「子供の領分」というピアノ組曲のなかの1曲です。
あと1ヶ月と少しで、合同の演奏会があって私が演奏することになっています。
—
いいですね、本格的なピアノ演奏が家の中で聴けるなんて。
Sさんご夫妻の旦那様(以下、夫)
そうですね。
でも、普段生活では、彼女が練習している時はピアノ室に入ることはあまりないですね。
—
奥様が演奏に集中されてる時間なんですね。
妻
そうですね。
ピアノは生活の一部になってます。身体に染み付いてるので、生徒さんをレッスンする以外にも、ちゃんと練習しておかないと、罪悪感にさいなまれます。
—
一日にどのくらい練習されるのですか?
妻
子どもが生まれてからは、多くて3時間くらいですね。
—
防音もしっかりされてるので、夜も練習できますね。
妻
いいえ、やろうと思えばできるのかもしれませんが、夜は弾きません。
9時以降はピアノを弾かないことが私の習慣になっているので。
—
そうなんですか。
妻
それに、夜はだいたい疲れて寝てしまいます。
ですので、朝、子どもを学校に送り出してから、洗濯や食事の用意などの家事をバーっと集中してこなして、できるだけ多くの時間、ピアノに向かいます。
時間を作って可能な限り練習するぞ、というのが、日々の生活のモチベーションになってますね。
—
ちなみに、リビングで流す音楽のチョイスは、どなたがなさるんですか?
妻
夫が主導権を持っています。
私はピアノ室の外では、自分から音楽を聴くことはないです。特に人前で演奏する予定が決まってるときなどは、その作品の他人の演奏を聴くと、つい影響される気がするので。
—
音楽をご職業にされているとそんな制約が発生するんですね。
—
リビングで音楽を流されるのに、CDを再生されていますね。
夫
そうです。MP3やストリーミングとかもありますが、もっぱらプレイヤーにCDを入れて、アルバムを聴きますね。再生が終わったディスクを、入れ替えたりする間も含めて、好きですね。
—
このステレオは良い音ですね、見た目にも素敵です。
夫
私が、ミニマルなプロダクト・デザインが好きなんです。
—
そういえば、お家にブラウンのアラーム時計がいくつか置いてあるのもお見受けしました。
夫
そうなんです。
テレビもこのデザイナーさんだから買った、みたいなところありますし。
この家には、ダイソンやルンバの専用収納スペースも作ってます。
—
お使いになるものをしっかり選ばれて生活されてるという清潔感のようなものが、お住まいに漂ってますね。
夫
ありがとうございます。
でも、もちろん、何でも工業製品が好きなわけではなくて。家となると、工場で作ってそこに組み立てたようなのは味気なく感じてしまいます。例えば、建具ひとつ取っても、人の手が感じられるのが好きです。
整理整頓は設計から
—
奥様もプロダクト・デザインなどにご興味をお持ちですか?
妻
私はそんなにこだわりがないですね。何でもいいわけではないですけど。
だから、家を建てるにも、どうしたらいいんだろうという感じでしたね。普段は、電化製品だけでなく、調理器具や食器も夫が決めちゃいますから。
—
そうなんですね。
統一感があって素敵です。
夫
私が、極力、シンプルなものを選んでます。
—
なるほど。
妻
それに、夫はキッチンの収納場所や方法を考えるのが大好きですね。
—
旦那様は料理もされるんですか?
妻
いえ、よっぽどお腹が空いたとき以外は、しませんね(笑)。
夫
はい、しないです(笑)。
よく使うものは食器棚の手前にあったほうが取り出しやすいとか、こうしたほうが楽じゃないかな、とかって考えるのは楽しいです。
—
そういう役割分担ですか。おもしろいですね。
夫
もちろん、買い替えたり、置き場所を変えたりするのは、妻に納得してもらってから、私は行動に移してます。
…と自分では思ってますけど。
妻
ごくごく稀ですが、私の知らないうちに保管場所が変わってて不便なこともあります。
夫
ごめん、何度か言い忘れてたことはあったね。
一同
(笑)
妻
夫は、性格的にすごくきっちりしてるので、調べて、探して、工夫して。私にはそれが面倒で、全然できなくて。
夫婦ってどちらかが妥協しないといけないこともあると思うので、そういうのものだと思ってます。得手、不得手もありますし。
夫
確かに整理整頓は、性格に依る部分もあるとは思います。
とはいえ、住む人ができるのは、家という大きな器があって、その中をどう整理整頓するかです。
物を置くスペースの取り方や人の動線がよく設計してもらって初めて、整理整頓ができるんだと思います。だから芦田さんに良い仕事していただいたんだと思います。
—
芦田さんにお住まいのご相談された際に、何人かの建築家さんのご本をお持ちになったと伺いました。
夫
はい。せっかく自分たちの家を建てるなら、見た目にも美しくて、機能性の高い住まいを建てたいと思っていました。なので、建築家さん設計の住まいに興味を持っていました。
—
建築家さんと建てるというのは最初から決めておられたんですか?
夫
そんなことはないです。
ハウスメーカーさんや工務店さんの住宅展示場やモデルハウスにも家族3人でよく行きました。芦田さんにお願いするのを決めてからも、行ってましたね。悔いのないように。
自分たちの家に活かせるアイデアも見つかれば儲けものですしね。
妻
夫は、このとおりマメな人間なので、細かいことまでよく気がつきます。
もしも選択肢が少なく、多くを作り手の「おまかせ」になるような家の作り方だったら、なかなか納得がいかなかったと思います。
—
話をうかがってると、旦那さまはアイデアやお考えをしっかりお持ちだとお見受けします。ご自身でもご自宅の間取りを検討されたんじゃないですか?
夫
いや、それはしなかったし、しようとも思わなかったですね。
プロにしっかり考えてもらうほうがよいに違いないと思っていたので。
妻
芦田さんからいただいたヒアリングシートには、二人で相談して書きましたね。
夫
そう、朝起きてから寝るまでをどんな生活をしていくかをイメージして、どんどん要望を考えましたね。こんなのあったらいいな、ということを全部書きました。
崖に住みたかった
—
リビングに上がらせていただくと、迫力ある眺望が目に飛び込んできますね。この見晴らしの良さを求めて、土地探しされたとか。
夫
ありがとうございます。
崖っぷちというと、語弊がありますが、見晴らしの良い崖に建つ家に憧れがありました。
何か原体験があったわけではなく、漠然とですが、せっかく建てるなら遠くを見渡せる眺望のある家を希望していました。
—
それはお二人で望まれたんですか?
妻
私は、最初は夫の言ってることがイメージできず、それもいいかな、くらいでした。実現するかどうかわからなかったですし。
—
この住宅地に絞っておられたんですか?
妻
他にも候補がありました。
夫
ここを選んだのは、地域的に、子どもの進学において選択肢が増えると考えたことも大きな理由でした。
住宅地としては、比較的古くて、世代が替わっても住み続けておられる方もたくさんおられます。
—
ご自身で土地は探されたと伺いました。
夫
はい、不動産屋も回りましたが、不動産屋から斡旋していただく物件には、率直にご縁を感じなかったため結果として、自分たちで探して、候補となる土地が数箇所、空いている土地を見つけました。
芦田さんに勧められて、土地の持ち主の方に直接お手紙を差し上げて、お伺いすることから始めました。直接お電話をいただいたり、お断りのお返事も、すごく丁寧なものをいただいたり。夫
はい。まず不動産屋も回りましたが、結果的にいうと、斡旋していただく物件には、ご縁を感じることはありませんでした。
自分たちでも探していて、空いている土地をいくつか見つけていました。芦田さんの勧めもあり、候補として挙げた土地の持ち主の方々に、直接お手紙を差し上げました。
直接お電話でお返事をいただいたり、お断りの場合も、とても丁寧にご連絡いただくことがありました。
—
そのような方法で土地のお話を進められることもあるんですね。意外です。
夫
はい、稀なケースだと思います。
土地の持ち主さんとやりとりするなかで、ご家族の事情などのお話をしていただいたり。
妻
私たちは幸運でしたね。
お気に入りの場所
—
旦那様が、お家で一番のお気に入りの場所といえば、やはりこのリビングでしょうか?
夫
そうですね、リビングのソファーが一番好きですね。お茶を飲んだり、本を読んだり。
両親を初めてこの家に招いた時も、父がここで昼寝をしていました。
—
気持ちが良さそうです。
妻
家に招いた人から、外からの人の目は気にならないの?と聞かれることはあります。
—
道からは、相当、距離がありますよね。
妻
そうです。よっぽど見ようとしないと見えないので、あまり気にしないです。
夫
引っ越した当初は、雨戸もロールスクリーンもなく生活してました。ロールスクリーンは、虫が光に寄ってくるから付けて、雨戸は、台風の季節につけましたね。
—
お子様のお気に入りは、どこでしょう?
妻
絶対、ロフトスペースと言うでしょうね。
夫
でしょうね。家の中をご覧いただければおわかりだと思いますが、うちの子どもは、レゴやプラモデルが大好きで。
妻
彼は、朝起きたら、まずそこに上がって、レゴやプラモデル、タブレットで30分ほど過ごしてから、支度をして、学校に行きます。
友だちが来たときも、一緒に上がって時間を過ごしてます。
—
お子さんにとって、いいスポットですね。
夫
基地的な感じで楽しいんでしょうね。
—
リビングにいて、姿は見えないけど、気配は感じられて安心ですね。
妻
そういえば、この家を建てるのに芦田さんとお話する機会がたくさんあったおかげか、この間、建築士になるにはどうしたらいいの?と聞いてきましたよ。
—
それは楽しみですね。
ピアノが三鳥・四鳥
—
奥様のお気に入りは、いかがですか?
妻
私もリビングのソファーが気に入ってますが、なんせ、ピアノ室を作っていただいているので、ここは、ピアノ室と言うべきかと…。
—
「べき」ですか(笑)?
妻
はい、それはもう(笑)。
それがなければ、1階にもう1部屋、作れてますし。
生活の機能が全部2階になってしまったのもそれが大きな理由ですし。
—
なんだか、負い目を感じておられるように聞こえますが、旦那様はどうお考えですか?
夫
いやいや、ピアノ室を作るのは、私も最初からぜんぜん前向きでした。
私たちにとってポジティブなことだと捉えています。そうしたことで、一石二鳥どころか、三鳥、四鳥にもなったと思っています。
—
ピアノ室が1階なのは、生徒さんとご家族の入り口を分けられた、ということですね?
夫
そうですね、出入りが便利です。でも、それだけではありません。
今はアウトドア用品の保管庫となってますが、私は、バイクを置くために1階に土間スペースを作りたかった。
妻
重宝してますね。私も物置小屋を建てるのが嫌でした。きれいなお家の横に物置建ってるのは残念なので。
夫
1階の一部というのかどうかはわからないですが、ビルトインガレージは、雨に濡れずに車の乗り降りできて、とても便利です。
妻
私もとても気に入ってます。
夫
この地域に住んでると、家族で車を2台所有することは、基本といって良いですからね。
親族が来たり、ピアノ教室の生徒さんの送り迎えもあります。なので、ガレージ以外の駐車スペースも確保したかった。
—
建物と敷地の関係ですね。
夫
はい。だから、生活機能を2階にまとめることは、私たちにとって理にかなっています。
あとは、集約した生活の動線をコンパクトな中に、どう配置してもらうかになります。
夫
例えば、洗濯の動線は2階で一直線で完結してます。前の住まいはアパートだったんですが、リビングを横切らないと洗濯物を干せなかったです。
妻
戸建てでも、洗濯するのが1階で、干すのが2階だったりすると、持って上がらないと干せないというお家もありますよね。
夫
主に時間を過ごすのが1階のお家だと、雨が降ってきたら2階に駆け上がって取り込まないといけないですね。
妻
うちは、それがないですね。
夫
前の住まいでは、朝出掛けるまでの、慌ただしい時間にお互いが動線が、ぶつかり合うストレスが結構ありました。テーブルが円形だったりそういうちょっとした工夫も含めて、設計の妙だと思います。
夫婦が円満に暮らすために生活動線や間取りが大事、と何かで読みましたが、そのとおりだと思います。
妻
食事の準備してても、子どもの気配も感じられます。歩き回ることなく、家事が完結します。
夫
2階が大きくなっても、見た目不格好になることもなく、私が望んだシンプルな屋根の形で、キレイに収めてもらってます。
—
何と言っても、この眺望は2階だからこそですね。
夫
そのとおりです。色んな制約や要望が、より良く活きるように設計してもらったと私は思ってます。ちょうど私たち向きに、ぴったり収めるように。
ピアノ室が私たちにとってポジティブで、一石「二鳥」どころか、三鳥、四鳥とはそういうことです。
妻
そういうところまで考えてくれる夫で助かります。
夫
設計したのは芦田さんですけどね。
一同
(笑)
気づかなく過ごせる素晴らしさ
—
これから住まいを作られる方にアドバイスされるとしたら、何を伝えられますか?
夫
家を建てた身内から聞いて、私もなるほどと思ったことがあります。
住まいづくりも終盤になってくると疲れてくるんですね。例えば、コンセントの位置を決めるとか、つい、どうでもいいというか、もう任せてしまえばいいや、となる。
でも、そこをなんとか、最後まで諦めずに、嫌になってしまわずに考えるのって大事だってことです。
妻
私は、現実的に家がどうなってくるのか、イメージするのが苦手なので、最初から任せてしまいたくなってました。
なので、マメな旦那さんを見つけることですかね(笑)。
一同
(笑)
妻
それは冗談です。
一つひとつ、しっかり考えないと良いものにならないので、後になって、これって不便だった、ってことがたくさん起こってただろうってことは簡単に想像つきます。
夫
そう。自分たちの生活を知ってるのは、やっぱり自分たちだしね。
芦田さんも、こっちで適当にやっておきます、とはならずに、きちんと聞き続けてくれます。たいへんですけど、燃え尽きることなく、考え続けたほうがいいです。
妻
途中、そんなことまで言ったら芦田さんにご迷惑じゃないの、と思ったこともありましたけどね。
夫
伝えておいて、実現するかどうかも含めて考えてもらったほうが、結果的に良くなるからね。
妻
確かに、出来上がってみるとほんと良かったなと思います。
—
よく考えられたという点で、住まいのなかで、象徴的な箇所はありますか?
夫
うーん、この家のここがすごいって、例えばテレビや雑誌なんかではよく言いますよね。
でも、私はそれがちょっと違うと思っています。
—
どういうことですか?
夫
それって、引っかかってるということだと思うのです。ここが凄いよね、ってところに。
その反対に、生活してる人が気づかなく過ごせてるってことの方がホントは難しくて、素晴らしいことだと思っています。スムーズに生活できるように考え抜かれて作られてる、という。
—
良いデザインは目立つ、素晴らしいデザインは溶け込む、というような言葉がありますね。
夫
それに近いです。
妻
そういえば、私も、ビルトインガレージで雨を気にせずに車に乗れるおかげで、雨だと気づかずに出掛けてしまって、出先で傘が無く、びしょ濡れになるということがあります。
—
便利さが、溶け込み過ぎて気づかなかったわけですね。
妻
それは、自分で気をつけたら良いことですね(笑)。
夫
はい。それは、自己責任ということで。
一同
(笑)
—
今日はありがとうございました。