住まい手の声「ヘノ字に暮らす」前編
今回の住まい手の声は、建築写真家としてご活躍の中村大輔さんのご自邸。一般の方に比べ、圧倒的にたくさんの新しい住まいを現場で目にされるご職業の方が、自邸をどのような思いで建てられたのでしょう。
建築写真家さんならではの視点に期待を膨らませ、お住まいに伺いました。
今回は、1年半の点検に合わせての来訪です。
中村さんは、芦田さんに、玄関横の花壇に、既存の配管を傷めないように植樹するにはどこを掘ればよいかといった相談をされながら、ご自邸の各所の点検に回られました。
一息つかれたところで、まずは、中村さんにお話を伺いました。
わからないから起こるワクワク
聞き手(以下、—)
吊り戸の隙間が気になるので内側にモヘアをつけられたとおっしゃってました。普段からそういうことはよくなさるんですか?
中村大輔さん(以下、中村さん)
私たちの家は、手を掛けてこそ、楽しく住めるものですからね。
手間を惜しまずやってます。
—
他にどんなことをされましたか?
中村さん
オイル塗りですね。リビングの床面はもう2回塗りました。
壁面や戸も塗ってます。手垢汚れ防止のためです。
—
このキッチンカウンターの背面化粧は、ウォールナット材のような、良い色ですね。空間を特徴づけています。
中村さん
でしょ?でもそんな、高級材を使えるわけないじゃないですか(笑)。
ここは予算を減らすために、ラワンベニヤに変更して貰いました。もともと赤味がかった色でしたが、オイルを塗ってみると、誰もがびっくり、ウォールナットのような色に仕上がりました。まったくの、偶然の産物です。
そういったことも、手を加えやすい木の家ならではの、楽しみだと思います。
—
長く建築業界に携わってこられて、お知り合いも多くおられると思います。どなたに頼むか、悩まれたのではないですか?
中村さん
芦田さんに自分の家をお願いするのは、まったく迷いはなかったですね。
長年、竣工撮影をさせていただいていて、その丁寧なお仕事ぶりをよく知っているので。
また、田舎の暮らし事情を理解してもらってるという点も大切でした。
田舎とはいえ、家を建てられる土地は限られてるので、どうしても住宅地になります。
そこに、目をむくようなものは、建てられないですからね。
—
いろんな住まいをたくさんご覧になって、いざご自邸を建てられるというのは、どのようなお心持ちでいらしたか、お聞かせいただけますか?
中村さん
住宅の竣工写真を撮るには、完成したときに伺うのはもちろん、建築途中に、工事の進捗や太陽の光などを確かめるために現場に下見に行きます。図面を通して、建築家さんに撮影の指示や設計のご意図を伺ったりもします。
そういう仕事を長くしていると、こういう土地でこの建築費なら、どういう建物が建つか、けっこう想像できてしまうんです。
せっかく自分の家なのに、それでは面白くないな、という想いがありました。
—
一生に何度とあることではありませんからね。
中村さん
建築家さんは、たとえば、敷地をとっても、三角でも斜面でも、何とかしてくださるのはわかっています。何年も土地探しをしましたが、南向きの整形地を買おうと思ったことは一度もありません。
一般の方だと設計事務所に依頼するのは敷居が高い、とお感じかもしれません。私は仕事のお付き合いがあるのでまったくそういうことがありません。
ですので、土地と予算、要望を伝えて、どんなプランを考えてくださるかを待つ楽しみ、どんなものが出来上がってくるかわからないワクワクを味わいたかったです。せっかく自分の家なので。
—
お知り合いだったからこそ、気を使われた点もありましたか?
中村さん
正式に依頼する段階では、お金の準備がしっかりできていなければいけない、ということです。
—
一般的に、立ち消えになる話も少なくないと伺います。
中村さん
ご迷惑を掛けることになるので、この仕事をしてる限り、いい加減に話を進めることはできない、というのはありました。世間話のレベルで、質問したりはできても、線引きはしないと。
住まいと流行り(はやり)
—
どのような自邸にされるかという理想像はお持ちでしたか?
中村さん
あまり流行りっぽくない家にしたかったですね。
—
流行りですか?
中村さん
このような仕事をしていなくても、少しお家に詳しければ理解されると思うのですが、建てられた年代がすぐにわかる家とそうでない家があります。
年代がすぐにわかる家は、その時代の流行りを取り入れた家です。その家の特徴は、そのものずばり、建てた当時に流行っていたものだからです。
家は、長く使うものです。流行ってるからという理由だけで取り入れた要素の価値は、そこがピークになりますよね。あとは目減りしていくだけです。技術や商品は進歩していくので時代の影響は必ず受けるのですが、そこをなるべく小さくしたかった。
—
なるほど。
中村さん
実は、その考えには、元になった体験があります。
私が高校生のころ、両親が所有していた家が、ペンションの雰囲気を取り入れた、当時流行りの住宅でした。その頃の私は、この家は相当イケてる、それに比べて向かいに建つ古風な和風建築はなんて古臭いんだ、と強烈に感じていました。
でも、20年経って改めて眺めてみると、反対に、ペンション風住宅のダサさに愕然としました。向かいの古風な和風建築は、時間が経っても古風な住宅として、そこに存在していました。
—
古風なお家のかっこよさは、時代による変化が少なかったということでしょうか?
中村さん
そう。ペンション風住宅の価値が激しく劣化したんです。
古風や和風が良いかどうかは好みの問題なのですが、それとは別に、流行りのかっこよさが風化してしまうことは確実だとその時、知りました。
家も人生も、設計が大事
—
ご自邸の家づくりには、住む側として関わられました。新たにお感じになったことはありますか?
中村さん
親のエゴですが、家が出来上がっていくのを目の前で見るのは貴重な体験かなと思い、子どもに見せておきたかったです。それは他人の家ではできませんから。
子ども部屋の壁は自分たちで塗らせました。口には出さないですが、しんどいし楽しくなかったでしょうね(笑)。心に刻まれたことと思います。
—
以前はご近所にお住まいでしたね。
中村さん
はい、毎日工事の進捗を見てました。ちょっと、近くで見過ぎたと思うところもありますね。
天気の間合いや職人さんのご都合など、私はある程度、事情がわかりますが、妻や家族は、そういうものだということを知らなかったので、やきもきしたこともあったと思います。
—
その他に、住まい手としてお気づきになったことはありますか?
中村さん
撮影や取材でカメラ持った人が家にズカズカ上がって来られるのは、住む人にとって想像以上にストレスだということが良くわかりました(笑)。
—
そこはどうかお目こぼしください(笑)。
中村さん
冗談です(笑)。
家を建てるには、家そのもの以外の要素がとても大きいな、と改めて痛感しました。
—
どういうことですか?
中村さん
特に我々、個人事業主にとって、やっぱりお金の工面が大きな課題です。
—
なるほど。家づくりに関わる業者さんによっては、個人事業主は門前払い、というところもあると耳にします。いたし方ないことですが。
中村さん
完成してから、妻ともよく話すのは、私たちの家を建てるというプロジェクトのMVPを選ぶとすれば、芦田さんや大工さんたちには申し訳ないですが、ファイナンシャル・プランナー(FP)さんになる、と。
—
差し支えなければ、どういう点でか、教えていただけますか?
中村さん
私たちには、お金の知識が不足していたので、ほんとうに助かりました。
住宅ローンの勉強を続けていくうちに、「お金を貸してくれるなら、誰でもOKなのか?」 という疑問にたどりつきました。
借り手のことを考えない甘い融資審査もたくさんあります。工面できればそれでよし、ではありません。私たちにふさわしい条件のローンを、私たち自身が選べる立場になってからでないと、家を建ててはいけないと思いました。
—
なるほど。
(ここで中村さんの奥様がご帰宅され、席に付かれました。)
中村さん
おかえりなさい。ご苦労さま。
—
こんにちは。お邪魔しています。
今日はお世話になります。
中村さんの奥様(以下、奥様)
こんにちは。
何の話をされてたんですか?
中村さん
FPさんが、この家づくりのMVPという話ですよ。
奥様
その話ですか(笑)。
そのFPさんは、芦田さんに紹介していただいたんでしたね。
中村さん
そうでしたね。
FPさんのところに行ってなかったら家を建てられなかった、とすら思います。
奥様
勢いやノリで買ってはいけないという気持ちがあったので、お金の準備だけで、5年近く掛かりました。
私たちの家を建てる労力は、ほとんどそこに使ったといってもいいですね。
中村さん
お金の準備にエネルギーを使い果たして、あと建物の事は安心して、芦田さんにお任せできるという感じでした。
家の設計も大事ですが、人生設計も大事なんです(笑)。
—
5年ですか。
中村さん
もともと、心づもりしていた土地があったんです。そこにいつか家を建てるだろうくらいに考えてました。
でも、ある事情で土地が取得できないことがわかったんです。
それが6年前です。
奥様
そのときは、かなりショックでした。
でも、それが良いきっかけになって、奮起したというか、よしがんばってみようというスイッチが入りましたね。