壱の家
神戸市須磨区の団地をリノベーションした住まいに伺いました。
今日は、リノベーション完成半年後の点検の日。 ひと通り点検を終えて、住まいづくりのお話をお聞きいたしました。
1ヶ月半前に家族になったという色鮮やかマメルリハインコも、芦田さんの肩に乗って歓迎ムード。「住まい手の声」シリーズでは初めて、芦田さん本人もお話に加わられました。
さて、やはり気になったのは、圧巻の本棚です。
圧巻の本棚
聞き手(以下、—)
すごく存在感がありますね。この本棚には、いったい何冊の本が収められてるんですか?
「壱の家」施主 Sさん妻(以下、妻)
ちょっと待ってくださいね、インターネット上に、読んだ本を記録していく、いわゆるブック・ログサービスを利用していまして…。
今のところ、登録してある数は1,695冊ですね。
「壱の家」施主 Sさん夫(以下、夫)
そんなにあるの?
—
お2人の分ですか?
夫
いいえ、あれは、ほとんど私の本です。
—
そうなんですか!
背表紙を見ていくと、バラエティ豊かですね。いろんな本が揃ってます。
夫
そう、ノンジャンルです。
新刊をウェブサイトで調べて、面白そうなのを書店で買ってきます。
—
どのくらいのペースで読まれるんですか?
夫
多いときで、月10冊ほどですね。主に通勤時間に読みます。休みの日は、この家で読みます。
妻
リノベーションする前に、本の数を把握しようと思って、インターネットのブック・ログを始めました。
最初は私が手入力してたんですが、とても追いつかないので、バーコードリーダーを買ってしまいました。
—
バーコードリーダーまで買われたんですね。
読み終わったら「ピッ」と。
夫
いや、それは買ってきた時に済ませますね。
読み終わってからでは、興味がありそうな人に貸してしまったりするので、わからなくなるんです。
妻
夫の本を借りようと、楽しみに待ってる人が周りにいるんです。
—
なるほど、個人の図書館というかブックカフェというか、そんな風にも機能しているわけですね。
見せる本棚にした理由
芦田成人建築設計事務所 芦田成人(以下、A)
今日の半年点検で本棚を拝見して、万が一、本の重みで棚板がたわんでいたら、どうしようかと思ってましたが、しっかりしていて安心しました。
妻
はい、もちろん大丈夫です。
ナラの集成材でしたね。相当重くて、設置した大工さんも結構ご苦労なさってました。
—
お家に来られて、本棚を見られた方は驚かれるんじゃないですか?
夫
そうかもしれません。
最近は、タブレットもありますし、それだと場所を取らないでしょうしね。 でも、私は本屋さんの雰囲気も好きですし、紙の本が好きなんです。 もちろんインターネットは便利ですし、よく活用しますが。
妻
以前は、本をスチール製の棚に並べていました。
リノベーションするにあたって、書庫のように仕舞い込むような間取りも考えたんですが、とても収まり切らない量でした。
それなら、と本を見せる間取りに変えました。夫も本を手放さないというので。
—
では、念願の本棚ができた、ということですね。
夫
いえ、そこまでは思ってなかったんですが…。
妻
家のことをいろいろ考え決めていく段階で、夫は、日々忙しくしていることもあるのですが、あまり家のことに関心を示さないのが、私には少し残念でした。
「見せる本棚」にすることで、夫もリノベーションに積極的に関わってくれるんじゃないかと考えたことも、採用した理由の1つです。
夫のリノベーションへのテンションの上がりは、まあまあというところで、費用の方は、しっかり上がってしまいましたが。
A
リフォームの場合は奥様がイニシアティブを取るほうがうまくいく、という人もいますよ。
妻
そういうものですかね。
夫
もともと、妻はインテリアとか好きだし、詳しいからね。
—
間取りは、どう変えられたのですか?
妻
3LDKを1LDKにした、ということになりますね。
夫
そう聞くと、一人暮らしの部屋みたいに聞こえますね。
妻
仕切りを無くして、たくさんの時間を過ごす部屋と荷物を置いておく部屋を分けた、という感じです。
—
それで本棚が住まいの主役になったわけですね。
躯体を活かして住まい性能を向上
—
テーブルにあるのは、温度計か何かですか?
妻
はい。正確には、温湿度計ですね。
私がハウスダストアレルギーを持っていて、部屋に適度な湿度が必要なんです。 40~50%が適度な湿度です。30%になると乾燥し過ぎで、ホコリが舞うので要注意です。
—
数値を見ながら生活されているわけですね。
無垢材の床だと、凹凸があるので、ホコリが溜まりやすいということはないんですか?
妻
それは、掃除機で吸えるので問題ないんです。木の継ぎ目の溝も浅いので。
新建材の床だと、素材にもよると思いますが、静電気でホコリが舞いやすいようです。
—
意外ですね。
ベランダに下げてあるのも温湿度計ですか?
妻
はい。室内のものとセットです。ちょうど家庭電話の親機と子機のような関係ですね。
外の温度湿度もこちらで見れるんです。
—
外気温もわかるんですね。
夏の団地は、暑さ厳しいように想像しますが、いかがですか?
妻
パーゴラは、よく風を通すものを使っています。
風を通しながら日陰にすることで、日中でもエアコンなしで過ごせますよ。 きちんと風が抜けるので。
夫
試しに、冷房を止めてベランダと玄関を開けてみましょう。
—
なるほど、風が抜けてくのがわかりますね。
妻
ベランダに打ち水すると、温度・湿度の変化もわかりますし、風の流れが変わるのもわかります。
冬は、断熱効果のおかげで、外の温度が一桁になっていても、室内は15度を切ることはなかったですね。
リノベーションで、天井・床・窓・壁に断熱処理をしたことで、 以前の、無断熱で隙間風だらけの状態とは、ずいぶんと変わりました。
A
どれくらい断熱処理をするか、というのには「断熱改修のルール」というのがあるんです。
天井と床の簡単な例で言うと、団地やビル、マンションなどの建造物の場合、最上階では天井にしっかり断熱しないと夏、暑くてたまりません。反対に1階では、床に断熱対策を施さないと、冬、床下からの冷気で寒くていられません。
—
ベランダに通じるサッシは、2重窓になってますね。
妻
はい、内側にサッシを足して、2重にしています。
A
なぜ内付けかというと、外のサッシ枠は、躯体と溶接してあるので、何かしようとすると躯体そのものを触らないといけなくなります。それは管理規約上できない決まりになっています。それに防水の問題も出てきてあまり良い方法とは言えません。
内側に付けると聞くと部屋が狭くなるように思われるかもしれませんが、その分、窓でない部分には、断熱材を入れられるので、断熱効果がずいぶん高められるんです。壁が少し厚くなるイメージですね。
妻
天井にも断熱がしっかりされていますが、それだけではなくて、下げた天井と壁の間に間接照明を入れるという提案もしていただきました。
A
そうですね。その照明、普段も点けておられますか?
妻
もちろん。パソコンの作業はこれで十分です。
それに、2重窓と壁を厚くしたことで、遮音性も高くなりました。
先日、大きな台風が通過することがありました。
夫
その影響で、芦有ドライブウェイがしばらく不通になったほどでしたね。
妻
その時も、窓の外は雨風が吹き荒れていましたが、びっくりするぐらい静かでした。
以前は、団地の間の谷間風やサッシの隙間風やで、ピューピューと、とてもうるさかったものです。
大好きなカフェを参考に
—
ところで、無垢を使った住まいのアイデアは、どこから得られたんですか?
妻
もともと、カフェに行ったり、本や雑誌で見たり、インテリアが好きでした。
芦田さんのウェブサイトも拝見していて。
夫
縁があって、芦田さんが設計された家に伺う機会があったんです。
—
どちらですか?
夫
薪ストーブが似合うかわいい家です。二人とも、とっても気に入ってしまって。
妻
あの日の帰り道は、車の中で「ええな、ええな。」と二人で言い続けてました。
夫
ほんとに「ええな、ええな。」と繰り返し言ってたね。
妻
その時は、まさか数年後に自分たちがこうなるとは思ってなかったね。 でも、いろんな事情が重なって、じゃあ頑張ってみよう、と。
—
木の落ち着いた感じが独特な雰囲気ですね。正直言って、外とのギャップが良い意味で驚きでした。
居心地の良いカフェにいるような感じがします。
妻
ありがとうございます。
ちょっと家っぽくない雰囲気は、目指したところですね。 木の色のこともありますし、照明の数も少なめです。
妻
私が、無駄に白くて明るい内装が苦手なんです。白い光の元にいると、しんどくなります。 自然の木の色と、必要な最小限に届く明るさで充分だと思っています。
間接照明や手元を照らすスポットを組み合わせたり、シェードランプや読書用ライトやありますし、テレビを見るときは、画面に移りこむ照明は消したり。
A
ほど良い明るさというのは、その部屋で何をするかにも拠って決まりますね。
妻
私は、定期的に人を招く機会があります。初めて来られる方の中には、少し暗いねとおっしゃる方もおられます。特に年配の方は。
でも、慣れると良いみたいで、結局、うちに来てくださるんです。
みんながイスに座ってお話できるような、大きなテーブルがある家は意外と少ないみたいです。
—
そこも、カフェっぽさかもしれませんね。
A
テーブルは、2メートルでしたっけ?
妻
1.8メートルですね。
—
玄関からお邪魔してリビングに通していただくときに、チラッと見える、緑のキッチンのタイルも印象的ですね。
妻
大好きなカフェのキッチンに貼ってあるような、横に長いタイルが好きで調べたんですが、外壁にも使うような二丁掛けで、それはサイズが大き過ぎて、合わなそうでやめたんです。
これに落ち着いたんですが、緑色のものを探すのが大変で、行き着くまでに相当頑張って調べました。
セルフ塗装に挑戦
—
住まいづくりを経験されたみなさんは、大きく広げ過ぎた夢をどう現実に落としこんでいくか、とてもご苦労なさると伺います。
妻
はい。予算オーバーだったので、ずいぶん何を削るか悩んだように思います…。
夫
キッチンは変更したんじゃなかったっけ?
妻
そう。キッチンは変更したけど、グレードを上げましたよ。
夫
ほんと?下げたと思ってた。
A
あまり断念されたり削られたという記憶はありませんね。
小上がりを付けようかと話に上がっていましたね。
妻
そんなくらいですね。今になってみれば、小上がりがあると圧迫感があったかもしれないなと思うくらいです。
よく考えたら、断念したことは思い出せないですね。 最初の案から、減額を検討しないといけないはずだったんですが、最終的にそれを上回ることになりましたからね。
いわゆるセルフビルドとかDIYとか言われる、自分で施工することを部分的に取り入れたから費用が抑えられた、ってことではないと思いますが…。
A:
はい、ないですね。セルフ塗装をすることによって相当安くなった、ということはないです。
でも、よく研究されてましたね。
—
床材や壁にも貼られるスギ板は、ご自身でオイルを塗られたんですね。
妻
そうです。
今お話しているこの場所が構造がむき出しになっていたときに、杉板を運び込んでいただいて、ワトコオイルを塗りました。
夫
長さ4メートルのものを、120枚ほどでしたね。
妻
オイルは、ワトコオイルです。別名、亜麻仁油と呼ばれる自然素材です。
臭いが強すぎないとか粘り具合とか、塗りやすいか、仕上がりがキレイか、評判をたくさんインターネットで調べて、メーカーから取り寄せました。
でもよく考えたら、全く初めてなので、塗り易いかどうかわかりようがないんですけどね。
届いた缶の開け方もわからなくてメーカーに電話したほど、素人なわけですから。
—
とってもDIYですね。
一同
(笑い)
妻
だから、やり通せるのか不安でした。もし私たちが遅れてしまうと、工期に差し支えるので。
—
どれぐらいの期間掛かったんですか?
妻
4日間ですね。
構造がむき出しになった状態の、まさにこのスペースに、スギ板を運び込んでもらって黙々とやりました。
そういえば、ちょうど1年前ですね。懐かしいです。
夫
休日だけですが、私も手伝いました。
妻
あなたは40本だけでしたよ。
夫
もっとやらなかったかな。
トビラは私が全部やったからね。
妻
そうね、確かにあれは大変そうでした。
A
お二人は壁塗りもされたんですよ。それに天井も。
—
大変な作業ですね。
夫
丸一日掛かりましたね。私が壁で、妻が天井。
妻
やってるうちに慣れてきて上手になるから、人が集まる所ほど後にやった方が良いよ、と職人さんに教えてもらってその通りにしました。
夫
クローゼットや洗面は最初に、玄関やリビングは後に。
—
なるほど。
妻
はい。ただ、自由に何でもかんでも自分たちでやれば良いかというと、そうではありません。
養生やパテ仕上げ、タイル貼りなどは、特殊な技術が要るので、プロの手に任せました。
A
セルフビルドと言っても、プロがやったほうが良いところと、お二人でもできるところをきちんと分けて進めましたね。
妻
そうなんです、もちろん芦田さんや施工者の方に判断を仰ぎながらでした。
プロに任せるという点でいうと、これは設計段階の話になりますが、私は、自分の古いリノベーションであればあるほど、建築家に入ってもらうべきだという考えを持っていました。
プロの目を活用した住まいづくり
夫
私たちは、過去に他所でリフォームをした経験があります。
妻
そうなんです。その時は、大工さんにとても良くしていただいて、自由に、私たちが言った通りに、私たちの思う通りにやっていただきました。
でも、後になって私たちの考えが足らなかったことに気づく、ということが多々ありました。
夫
いろいろと出てきたね。
妻
ということは、それは、私たちが本当に望んだことではなかったんです。
この団地は38年前当時の最新だったはずです。今現在も活かしていけることもあるし、不都合なことも出てきています。 これから数十年先もなるべく時代に適した家であるために、何をどうしておけば良いか判断するには、それ相応な知識が必要です。
つまり、住む人の希望を叶えるというだけでは、充分とは言えないと思うんです。
—
例えば、お客さんは神様です、という言葉は、お客さんの言いなりになると誤解されてる方が多いらしいですね。
妻
そう、こちらの思うままに、というと聞こえはいいようですが、引き受けるばかりではプロとは呼べない、と私は経験から学びました。
芦田さんは、止めておいた方が良いことは、とてもはっきりおっしゃいます。
例えば、間取りを変える話でいうと、私たちは同じ団地の別の住まいのケースも見ていたので、この壁は抜けるというくらいのことは、元々把握していました。
芦田さんは、構造のことを踏まえた上で、より良いアイデアを出してくださいましたね。
A
一戸建てと大きく違うのは、壁式構造といって壁が構造体なので、そこは触れられないという制約があることです。躯体(くたい)、つまり住まいの「箱」が決まっています。
間取りについて考える場合、窓側に部屋を作って、水回りが「箱」の中央に配置されるのが、一般的です。
妻
私は元々、キッチンは対面式を希望していました。芦田さんは、キッチンや廊下やクローゼットも含めて、回遊式で考えた方が、この「箱」を活用するに、理に適っているのではないですか、とわかりやすく提案していただいたんです。
妻
スギ板に話を戻すと、実は、もっと壁に板を貼ろうと思っていたのですが、これ以上は暗くなり過ぎるので止めておきましょう、とアドバイスをいただきました。今考えたら、芦田さんの言うとおりでした。
—
なるほど。
もともと費用が抑えられるために取り入れられたセルフビルドでないということでしたが、やっぱりご自身で家づくりそのものに関わられたかったんですね。
妻
はい、自分たちがこれから生活して多くの時間を過ごしていくところが、どう作られていくのか知りたかったので、出来る範囲で家づくりに参加したかったんです。
もし検討されてる人がおられたら、ぜひ是非とオススメします。時間が経ってからの思い入れが、大きく違います。
いいものですよ。ほら、ここはうまくできてる、あそこはできてない、とか後になって話すのは、本当に楽しいものです。
—
とてもよく出来ていて言われて見たらわかる、くらい違いですよ。でも、その微妙な違いが、ゆらぎというか、独特の味ですね。
—
ところで、リノベーションされる前と後で、一番の変化したことといえば何ですか?
妻
そうですね。家で過ごすのがすごく快適で、出掛ける機会が減りましたね。
夫
休みの日は、ゆっくり家で過ごしてるのが好きになりました。
—
あら、せっかくのお休みの日なのに、お邪魔してしまいましたね。
一同
(笑い)
A
今日はありがとうございました。
(「壱の家」団地リノベーション住み開きオープンハウス編では、間取りや構造についてさらに詳しく解説しています。)