住まい手の声「ヘノ字に暮らす」後編
建築写真家としてご活躍の中村大輔さんのご自邸の住まい手の声、後編です。
たくさんの新しい住まいを現場で目にされているご職業の方が、ご自邸をどのような思いで建てられたのでしょう。
前編の中村さんのお話に続き、後編では奥様にも加わっていただきお二人にお話を伺いました。
ややこしい木好き
聞き手(以下、—)
お住まいの検討を進められるのに、ご夫婦で役割分担のようなものはありましたか?
中村さんの奥様(以下、奥様)
夫は家を建ててるわけではないですが、それに関わる仕事をしているので知識は豊富で。
私が断片的な好みや考えを言って、夫がそれをつなぎあわせる役目をしてもらうことが多かったように思います。
—
間取りなど最初のプランニングは、どう感じられましたか?
奥様
提案いただく前に、ヒアリングシートに記入することが第一歩でした。建物そのものに対する要望より、生活のこと関する質問が多く、いろんなことをたくさん書いた記憶があります。家族の生活リズムや子どもの要望も含めて。
その時が一番楽しかったかもしれない(笑)。
—
言葉にしながら、お考えをまとめていかれたんですね。確かに楽しそうです。
奥様
自由過ぎて苦しい、どうしていいかわからない、という時期もあったんですが。
—
なるほど(笑)。
最初の提案からこのようなプランニングだったのですか?
奥様
はい、そうです。
ご提案いただいたプランから、ほとんど変わってないと思います。
中村大輔さん(以下、中村さん)
そうですね、階段の位置とキッチンの換気のことが変わったくらいでしょうか。あとは、予算が足りずに小さくなりました。
芦田さんが提案してくださるまで、この土地に、ヘノ字の家が建つのは想像もしていなかったですが、じわじわと良く感じられるようになりました。
奥様
私は最初に模型見て、すぐに気に入りました。自分たちが生活していく姿が見えた、というか。
中村さん
妻がとても気に入っていた時の事を、今でも良く覚えています。
—
木の家、というのは当初から望まれていましたか?
奥様
きれいなピカピカした家よりも、木の家には惹かれてましたね。木の家以外に良いと思ったことがなかったですね。
中村さん
年齢的なこともあります、40代ですしね。
木は好きだけど、切りっ放しだったり素材が出過ぎてる、どうだと言わんばかりに木が主張するのは行き過ぎで、あくまでスッキリしていてほしい。
でも、かっこよくなりすぎて生活感が無いようなモダンさは目指してなくて、その間くらい、ということですね。
30代で建てていたら、もっとどちらかに寄ったテイストの家にしていたかもしれません。
奥様
以前から、夫はちょっと変わってるというか、家に対して、人とは違う見方をする人だと思っていました。彼からそういう話をしょっちゅう聞かされてるので、私も感化されてきているとは思います(笑)。芦田さんもご苦労されたのではないかと心配です。
中村さん
芦田さんがそういうテイストの建築家さんだから、大丈夫なんですよ。
奥様
だったらいいですけど。
私たちは、ややこしいタイプの「木好き」なんだと思います。
—
ややこしい、ですか?(笑)
お住まいを拝見すると、テイストが上手にまとめられていて、素敵だと感じます。
中村さんから、流行りの要素をなるべく避けたかったというお話もありましたが(前編参照)、お二人で基準作りというか、イメージの磨り合わせは、どのようにされたんですか?
奥様
インターネットや雑誌の写真やどこかお店の内装でも、気になったものを集めながら、家のもののチョイスは進めていくうちに、禁止のキーワードを決めてました。
流行りものとは限らないですが、例えば、○○風になるから□□禁止とか、△△風になるから▼▼禁止とか…、あとはなんだろう、もう大体忘れてしまってますね。
—
おもしろいですね。確かに、何とか風、と形容される様式は、流行りに取り込まれてしまうのかもしれません。
その禁止事項が、このお住まいの独特な統一感を生み出しているのですね。
中村さん
針葉樹の木材が、薄く魅せるよう工夫されて、しつらえ良く収められてる、というようなことは、陳腐化しにくい、朽ちない価値だと思ってます。
奥様
ほら、やっぱり、ややこしいでしょ(笑)。
中村さん
そういう妻も、三谷龍二さんの時計をずっと若い頃に購入していたり、そういう価値観は、私と遠くないと思いますよ。
奥様
あの時計は、20代のころによく行く雑貨屋さんで買いました。20年は使ってますね。
—
ビンテージものですね。
奥様
それを目指したというわけではないです。その時々に、良いと感じるものがあるので。
昔、雑貨屋さんで働いていたりもして、最初は、かわいいものをいっぱい買っていましたが、私にはかわい過ぎると感じたり、何か違うなと思ったものは誰かに譲ったりして手放していきました。
結果的に、普通のものというとおかしいですが、私にとって、しっくりくるものだけが残っていきました。
自分の家は、そういうものが馴染める家にしたかった。
—
選び方も積み重ねて磨いてこられたわけですね。
リビングの造作ソファもファブリックも印象的です。ビビットながら、飽きがきにくい模様だと思います。模様はどなたがお選びになったのですか?
奥様
夫です。かわいい担当は彼なので。
中村さん
空間に対する差し色ですね。ミナ・ペルホネンの布で造ってもらいました。こちらは、かなり予算オーバーでした(笑)。
—
お金の使い方のメリハリが効いてますね。
中村さん
そうですね。妻は、節約志向ですが、永く大切に使えるモノには、ボンとお金を出すタイプです。
奥様
はい。でも、海外旅行に行って大きなお鍋を買って帰ってきたときは、ちょっと変人扱いでしたね。
中村さん
彼女は非常に物持ちが良いです。
奥様
あなたはどちらかというと捨てたがりですね。
—
良いバランスじゃないですか(笑)。
ヘノ字に暮らす
—
通りの反対側、ヘノ字の内側が庭スペースになっていますね。
中村さん
家庭菜園をやりたかったんです。キュウリ・ピーマン・トマトなど、まずはなるべく手の掛からないものを選んで。
1年目ですが、収穫時は4人家族で消費し切れないほどになりました。雑草抜きは私の仕事です。
なかなか忙しくて頻繁にはできないですが、庭でバーベキューをすることもあります。
知人からメダカの卵を譲ってもらうことになっていて、今、ビオトープを作ってます。
—
オイル塗りや畑仕事のようなお家のことを、中村さんは元々よくされてたんですか?
奥様
いいえ、全然でした。
だから、最近になって、この人はこんなこともできるのか、と。
新しい家に住み始めて、夫の今まで知らなかったスペックを見つけた感じです(笑)。
中村さん
いやいや、男ならだいたい誰でも出来ることですよ。
—
ヘノ字の一部となっているビルトインガレージのアイデアは、ご希望されたんですか?
中村さん
いいえ、そういうわけではないです。
カーポートは、そもそも全くなしにするか、建築の一部であるべきだという主義です。
—
そんな主義があるんですね。どういうことですか?
中村さん
これも仕事柄なのですが、せっかくの建築の見栄えの良さが、後で付け足すように建てたカーポートによって台無しになるケースをたくさん見てきたので。住む人が設計の意図を汲み取れていない、お互いが残念になってしまうケースです。
最初の芦田さんの提案からこの形で、建築の一部として上手に成立させてもらっているので、気に入ってます。
奥様
ちょっとしたことですが、雨の日の買い物から帰ってきたときも、助かりますね。
中村さん
ヘノ字のおかげで、すごく大きな家だと見間違われます。
奥様
ですね、ガレージも含めた奥側が、全部が家だと勘違いされる方もおられます。
—
一階は、ヘノ字の曲がったところの一方がテーブルで、もう一方がキッチンですね。
奥様
はい。キッチンから、リビングで子どもたちがテレビ見てても勉強してても、見守りながら家事ができるのでとても気に入っています。
2階にいてもここから気配もわかるし、話せるし。
中村さん
それは、小さい家ならではの良さでもありますね。
奥様
この家、そんなに小さい?
中村さん
いや、あなたは都会育ちなので気にならないと思います。
田舎の家のサイズでいうと小さい、という意味です。
—
開放感もあって、狭いとは感じないですね。特にお考えがあったんですか?
中村さん
もともと家は大きくない方が良いと思っていました。
家族が4人で暮らすのは、せいぜい15年ほどですからね。小さめにすると、物の整理を迫られるし、こまめに掃除するようになるので、清潔に保てます。
それに、予算に限りがある場合、小さくしたほうが使う素材にお金が回せます。選択の問題ですが、私たちは、大きなスペースにクロス張りの壁があるよりかは、ほどよく小さくして、質が良い家を目指しました。
—
理にかなってますね。
中村さん
でも、取得した土地が思ったより大きかった。
大きな敷地に四角い家にすると空いた敷地をどう扱うかが問題になります。当初、庭やアプローチには必然的に費用が掛かってしまうと思ってました。
しかし、ヘノ字で囲ってもらったおかげで、表からは見えないプライベートな庭ができたし、費用も抑えることができました。
こういう発想は、素人にはなかなか浮かんでこないですね、さすが建築家だと思いました。
余裕をもって、遠慮せず、作り込み過ぎず
—
もしこれからお家を建てられる方にアドバイスされるとしたら、何とおっしゃいますか?
中村さん
時間的に余裕を持って進めることですね。
自分たちで望んだり、選択肢を与えてもらって自分たちで選んだことでも、よく考えられてる所とそうでない所のばらつきが生まれます。
慌てると、あまり考えられずに決めてしまうことが、どうしても増えると思います。
奥様
芦田さんに、いっぱいわがままを言うことですね。
何を投げかけても、取り入れて、より良い答えを探してくださるので。無理だろうなと自分で判断してしまわずに、遠慮せず伝えてしまったほうがよい、と思います。
中村さん
作り込み過ぎない余裕も大事ですね。作ってみてわかることもあるので。
奥様
子供部屋の2段ベッドとかね。そのときは欲しいと言ったのですが、今のところ、主寝室で家族みんなで川の字になって寝ていて、子供部屋は読書スペースとしてしか使っていません。それがいつまで続くかわかりませんけどね。
中村さん
ここまで作ってもらったら、住む私たちがアジャストするものかな、くらいに思ってます。
家族の変化も含めて、愛情を持って家に手をかけていけたら、これからも楽しく住めるしね。
—
新しい家を建てられて、古いお家から移られて1年半、住まわれています。生活のなかでの良い変化についてお聞かせいただけますか?
中村さん
冬が暖かく、夏も熱くない。今は寝るのが暖かくて幸せです。寒い冬の朝、室内で暖房を付ける前でも10度あって、身体も助かってます。
仕事場にいくと、同じ室内なのに1度だったりするのですが。
奥様
冬は、しもやけになることが常だったのですが、この家に住んでから、もうならなくなりました。
月並みですが、木の匂いのなかで暮らすのはいいですね。自分では気づきにいくいですが、最近も子どもが通うピアノ教室の先生に、うちの子どもたちから木の良い匂いがすると言われました。
—
匂いは私も感じます。
中村さん
昭和な考えだと思われるかも知れませんが、「安住の地」があるというのは、精神的にも大きなゆとりです。さらに年を重ねてから、住む所を転々とするような生活はしたくないと私は思ってます。
子どもたちにも、これが自分の家だと誇りを持って欲しいし、困ったときはいつでも戻ってきていいという安心感も与えてやりたいと思ってます。
奥様
夫は、来る日も来る日も、新しくて素敵な他人様のお家の写真を撮る仕事をしてます。長い間、私たちは古い借家住まいだったので、彼は日々、くやしい思いを抱えていたんだろうなと想像してます。家を建てたい思いは、彼が一番強かったのではないか、と。
夫は仕事から帰ってくると、今日も凄い家に行ってきたよ、と撮影した家の話をしてくれます。
最近は、話の最後には必ず、やっぱりこの家がいちばんええわ、と言っています。それを聞くのがとてもうれしいです。
中村さん
もちろんかなり贔屓目に見てますよ(笑)。
どうだかっこいいだろ、じゃなくて、分かる人が見たらさりげなくかっこいい、くらいがちょうどいいんです。
—
さりげなく、ですね。
中村さん
あと、この家は、ぼーっとする時間も楽しいですね。
さすがに建築家さんの家らしく、ほんとうに細かい所がよく作ってあって。例えばトイレやお風呂の壁と天井の収まり具合を、どうやって作ってあるんだろう、とぼんやり見ながら感心しています。
奥様
やっぱり、少し変でしょ。
—
似てらっしゃる部分も多いかと…。
奥様
そうだと思います(笑)。
—
今日はありがとうございました。